2018.12.23国際建設測定基準とは? 社長の倉西です。 私は日本建築積算協会という団体に所属しております。 この度、その協会で国際建設測定基準(ICMS)の日本語版を公開されました。 http://www.bsij.or.jp/pdf/ICMS_Japanese%20BSIJ.pdf 建設市場の国際化が進み、国によっては積算基準や商習慣が異なる中で、一貫性のある価格評価で建設コストを提示することを目的にされています。 国内でも、例えばマンションにしても店舗にしても、デベロッパーが違えばコストの評価基準が違います。 それを考えれば言語も考え方も違う異国同士で、これまた積算基準や商習慣が違えば当然コスト評価基準も違うはずですね。 調査によれば提示額に25~30%の隔たりがあるとの結果もあります。 同協会は、コストに携わる国内企業が海外プロジェクトに参画する際の参考書として活用を呼び掛けているようです。 当社もそんな会社になれるように頑張るぞ。 また一つ勉強出来たことに感謝。 今日もありがとう。
2018.12.21入社ご挨拶 初めまして。11月に入社したTです。 結婚、転居に伴い前の職場を退社し、子育てに専念していましたが、この度アークコストマネジメントで働かせて頂くことになりました。 以前は商社の鉄鋼部門に勤めていた為、建築部材の名前など少しなじみはあるのですが、見積・積算については知識がなく、現在勉強の真っ最中です。 早く知識を身につけ、お客様のお役に立てる仕事ができるよう、真摯に学んでまいりたいと思います。 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
2018.12.08事務所の模様替えをしてみた件 事務所の模様替えをしてみました。 スタッフの机の周りにローパーティションを設置。 色はピンク、イエロー。 その他、ブラインドはグリーンで打合用チェアはホワイト×オレンジ。 私の椅子はブラック×レッド。 小さい会社だけど、明るく元気に行きたくカラフルにしてみました。 そして、玄関にウェルカムボードを設置。 色々な国の言葉で「いらっしゃいませ」を表現してみました。 手作りなのでA3サイズ。 観葉植物も置いてみました。 以前から置いているサボテンが虚弱体質の様な生育状況(T_T)。 また、週明けから頑張ります!
2018.12.08NAHAマラソンに出場してみた件 12月2日(日)に開催されたNAHAマラソンに出場するべく、金曜日から嫁と二人で沖縄に行って来ました。 飛行機の中から。 宿はハイアットリージェンシー那覇。 街中でアクセスも良く、いいホテルでした。 レンタカーを借りて海を見に行きました。 もう少し待てばサンセットが見えたのですが、あまりの暑さに退散。 そしてマラソン当日。 スタート直後。 このあたり、まだ街中なのでコースがフラットで普通に走れてます。 このあと郊外に抜けていき12~3km地点から坂道が多くなりますが、まだまだ余裕です。 15km過ぎくらいからは延々と坂道となり折り返し地点である平和記念公園に向けて地獄が始まり、このままだともしかしてヤバいかも?と不安がよぎり始めます。 制限時間は12時15分。 不安は的中し、到着が12時16分でリタイアとなり、ひめゆりの塔を目前にして終了~(涙)。 帰路につきながら嫁が色々と調べてくれましたが、とにかく折り返し地点まで高低差が大きく、なかなかの厳しいコースのマラソンであったようです。 完走率も60%と非常に低い結果でした。 来年もエントリーして、しっかり準備の上で完走し琉球ガラスのメダルを貰えるように頑張ります。 マラソンは完走できず残念な結果となりましたが、夫婦水いらずでとても楽しい三日間となりました。 嫁は初めての沖縄でしたが、とても楽しかったようでまた来年もエントリー出来たら一緒に行きたいと言ってくれました。 今年も残り一カ月。 ここまでこれたことに感謝。 ありがとう。
2018.10.28思い→想い→念い。 はて、なんのことやら...。 私の母親の兄は今から約半世紀前に移民としてブラジルに渡りました。 小さい頃にブラジルから色々と送られてきて、ブラジルのコーヒーを飲んだこと覚えがあります。 子供心にマズかった。(ごめんなさい) 小学校の高学年でサッカーを始め、中学一年生となりサッカー部に入部しました。 六月にたまたま家に早く帰る機会があり、NHKでサッカーのワールドカップを放送していました。 1982年のスペイン大会です。元サッカー日本代表監督のジーコが現役で最盛期だったかな。 その当時のブラジル代表は強くて美しいサッカーで今でも語り草になるチームで、私もテレビを見ながら強烈な印象を受け、それ以来ブラジルサッカーの虜になりました。 その年のクリスマス。学校から家に帰ると箱があり、なんと中身はブラジル製のサッカーシューズでした。 ブラジルの叔父さんからのプレゼントでした。今と違って当時は海外製のサッカーシューズなど珍しく、とても嬉しかったのを覚えています。 それからというものブラジルサッカーに関する本を買って読み漁り、カズとヤスの三浦兄弟のブラジル留学本を読んでは「ブラジルとはどんなところ?いつかブラジルに行ってみたい!」と考えていた覚えがあります。 母親から行ってもいいと言われたことがありますが、まだ中学生だっただけに怖くて行けず...。 それから25年後...。 思い→想い→念い。 強くなれば強くなるほどに、まるでそれが運命のように手繰り寄せるんでしょうね。 長年の夢だったブラジルへ行く機会が訪れました。 静岡の日系ブラジル人の方の紹介でSEパルメイラス(ブラジルサッカー界ではビッグクラブ)のフットサル部門に一週間ほど滞在させてもらえることに。 小学六年生の息子と二人で26時間かけて地球の裏側へ行きました。 ブラジルでは叔父さんや従妹と再会したり、南米クラブNO.1を決める大会を観戦したり(色々な方の計らいでVIP待遇!)、練習や試合に帯同させてもらったりと中学一年生以来の夢が叶いました。 ある日は、監督から「折角サッカーの勉強に来たんだから、見学ばかりでなく体感してみろ(と言われたらしい)」と言うことで短い時間でしたが紅白戦に出場させてもらいました。 彼らは生活がかかっています。日本の、それも38歳のオジさんなんか邪魔くさくて仕方なかったんでしょうね。 パスなどくれず、ましてやボールなど一度も触ることなく終了~。 「これが空気の様な存在なんだ!」とはるばる地球の裏側まできて実感させてもらえました。 しかし、練習などでは全体練習終了後に監督が独自にレクチャーをしてくれたり、ケガ明けの選手と一緒に軽く体感させてもらったりしました。 練習中はブラジル人は私には厳しかったのですが、うちの息子に対しては”と・に・か・く”優しいの一言でした。 背も低かったので12歳よりもっと幼く見えたんでしょうね。 ガチの練習でしたが、息子が一緒にしたいと言えば混ぜてくれ(さすがに紅白戦はダメでしたが)、選手も誰一人文句を言いません。 なんなら一緒に手取足取り教えてくれました。 ブラジルは女性、子供、年配に優しい国らしく、機中・空港・レストラン・ショッピングセンターなどなど、確かにどこに行っても子供には優しかったように思います。 帰国してから気付いたのですが、その年(2008年)は日本人が初めてブラジルに移住してから100周年の記念年だったようです。 その年に小さいころからの夢だったブラジルへの渡航が叶ったのも何かの縁だったんでしょうね。 【思い→想い→念い。】 思いを強く持つ事。 強さの分だけ実現を手繰り寄せられる。 手元に来て、チャンスだと思ったら一気に自分の方へ引っ張る。 一度きりの人生、悔いなく生きよう。 今日もご縁に感謝。 ありがとう。